父の日、母の日への感謝のプレゼントはこれ!カーネーションだけではないですよ。
母の日が5月の第2日曜日に対して、父の日が6月の第3日曜日というのは意外と知らない人が多いと思います。母の日」にカーネーションを贈るのはほとんどの人が知っていることですが、5月の第2日曜日が母の日に決まっていることまでは、知らないと思います。カーネーションが花屋の店頭に並びはじめて、やっと気づく人がほとんどだと思います。それでは母への感謝の気持ちが弱いですね。本当に母への感謝の気持ちがあれば、もっと早く気づいていてあたりまえで、今年は何をプレゼントに贈ろうか計画することでしょう。世間が騒ぎ始めて、気付くようでは母への感謝の気持ちは形だけになってしまいます。感謝のプレゼントにしても赤いカーネーションのワンパターンではなく、母の本当にほしがっている物をプレゼントすれば、母の喜びもひとしおかと思います。母の日のプレゼントは何も品物だけではありませんよ。いつも家族のために家事を毎日している母に母の日だけは、皆で協力して休ませてあげることも、感謝のプレゼントですよ。父の日の感謝のプレゼントは、母の日に対して、なかなか思いつきにくく頭を痛めると思いますが、父が一番喜ぶものでプレゼントを決めればいいのです。お酒の好きな父には、この日だけは存分に飲ませてあげるのもプレゼントだし、ゴルフの道具類とかゴルフ上達テクニックの本なども感謝の気持ちが伝わると思います。
母の日は5月の第2日曜日に毎年決まっています。毎年、毎年「あれ、母の日は何日」と言っている人が多いと思いますが、これでは、形だけの母への感謝で気持が入っていません。世間にカーネーションがちらちら見え始めて、気付くようでは母が可哀そうです。母の日の起源はアメリカにあります。アメリカのフィラデルフィアに、アンナ・ジャービスという女性がいて、1905年の5月天国に召された母親を深く愛していました。そして、母親の命日に、教会で支援者たちと共に「母の日」を祝ったのが、5月の第2日曜日だったのです。母の日」にカーネーションを贈るのは、アンナが、母親の大好きだった白いカーネーションを、追悼会で配ったことから来ているのです。アメリカでは1914年、ウィルソン大統領の提唱で、議会は5月の第2日曜日を国民の祝日「母の日」と制定したのです。日本で始めて「母の日」が祝われたのは大正時代で、一般に普及して行ったのは、第二次大戦後のことです。母の日は素直になれるのですが、普段はなかなか母親に「ありがとう」なんていうことは言えない人が多いのではないですか?毎年、母の日だけは感謝の気持ちを表し、普段の日はうっとおしいと思っている若者が多いい現在です。母がいなければ自分はいません、母への感謝の気持ちを忘れないように……
父の日が6月の第3日曜日というのは更に知らない人が多いと思います。6月の「父の日」も、やはりアメリカで生まれました。1909年、ワシントン州のソナラ・ドッドという女性は、「母の日」の説教を聞いて、「父の日」もあるべきだと考え、敬愛していた父親が6月生まれだったため、ソナラは自分が通う教会の牧師に頼み、6月に「父の日」を祝う礼拝をしてもらいました。それが、6月19日の第3日曜日だったのです。ソナラの父は母親が亡くなった後、ソナラと5人の兄を男手一つで育ててくれたので、感謝の気持ちが強かったのですね。母の日がカーネーションをプレゼントするのは誰でもわかりますが、それでは、父の日は何を贈るか分かっている人はいないでしょう。父の日の正式なプレゼントは母の日が赤いカーネーションに対して、白いカーネーションなのです。でも、どちらも感謝のプレゼントはカーネーションだけではないですよ。毎日、家族のために、がんばって仕事をしてるお父さん。父というものは、改まって、面と向かって何かを言われるとかなり恥ずかしいらしいです。せめて、父の日ぐらいは、家族の思い出などで、ゆったりとくつろいでいただくのに父の日用の雛形ラベルを貼ったお酒などはきっと感動するでしょう。雛形ラベルに父への感謝のメッセージなど書いたりすると、きっと感動するでしょう。